Journal

J'écris mon journal.

ノクターン

今、生徒に教えている曲の中には、映画アメリ、ショパン、モーツアルト、ジョプリン、その他、日本の植松という作曲家のものがあります。ノクターンは、たくさんある中で、この曲なのですが、右と左のユニゾンがそろってないと生徒に指摘したのですよ。それで、ハノンをするように言ったのですが。
練習前には手を慣らすために、ヴァン ド ヴェルドのテクニックをやっているとのこと。子供だったらいいけれど、大人なので、退屈かと思い、以前ジャズマンからプレゼントされたジャズハノンもすすめています。退屈にならない本なので。指慣らしにはいいでしょう。


先日のスペイン語版のトルコドラマの第2話。
マージットがネルマンにキスをしようとして、逃げようとしてヨットから落ちてしまい、マージットがネルマンを助けますが、パパラッチに写真をとられてしまいます。


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トルコ語版のほうが、なぜか迫力あるのですよね。だからこそ、トルコ語を学びたいのです。

最近うちの近くの市場でトルコ人夫婦のホウレンソウなどを挟んだトルコクレ-プを土曜の朝、屋台で粉をこねながら作り、売っているのですが、なかなか買う暇がありません。

だからというわけではないですが、ピザを買ってきて、それも、2つの違うメーカーの冷凍のをくらべてみました。海の幸のピザ2品。
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両社とも、同じイタリアの会社から輸入しているようですね。同じ味でした。エビとムールを猫に取られてしまい。しかしながら、猫ってアサリとイカを絶対嫌って食べないのですね。だから、アサリが好きな私は助かっています。

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四国の守になっていたかもしれない、フランツ リスト

1883年、42歳で伊藤博文は、憲法の勉強のためヨーロッパ訪問をし、そのとき、ドイツのワイマールに到着。


彼はワイマール公と知人だったため、2日間滞在しました。



夕食、夜会にも招待されたのです。


ピアノの貴公子リストは当時73歳になっていました。


その夜会でリストのピアノ演奏を聴いた伊藤は、強い感銘を受けました。



”あの者を我が国に連れて帰って、西洋音楽の指導をさせたい。”と言ったそうです。



それを聞いた西園寺公望は、


”とんでもありません。


あの方は、もう高齢だし、国宝級の偉い音楽家なので、無理です。”


とあわてたそうです。



”それなら、四国のひとつくらい与えて、四国の守にすればいいではないか。”


と伊藤博文、粘る。


リストは、この1年後、74歳のとき、バトロイトで風邪を引き、それが原因で肺炎を引き起こし、亡き人となってしまいます。

もしかしたら、四国の守になっていたかもしれない、リスト。
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ピアノの演奏にかけてはその超絶的な技巧を駆使、他の追従を許さず、ライオンの爪の持ち主とさえいわれました。


カトリックの敬虔な信者で、友情に厚く、包容力が強く、あらゆる面で中心となり、同世代の音楽家の面倒を見、高齢になってからも、精力ある活動をしました。

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